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第8部 私の役割――アナウンス、翻訳、橋渡し


第12章 私が担ってきた役割


1.約35年前から感じていた「アナウンスする人」という役割

今回の夢について考えている中で、私は昔から自分が感じていた役割を思い出した。


約35年前から私は、「アナウンスする人」のような役割を自分が担っているのではないか、と感じていた。


何かを受け取り、必要な人へ知らせる。

人に届く形で伝える。


そういう役割である。


2.約11年前に宣言した「翻訳する人」という役割

そして約11年前には、

高次元の存在たち――神も含めて――から来るものを翻訳し、みんなに分かりやすい言葉で伝えられるようになる

という宣言をしたことがあった。


こちらは、「翻訳する人」という役割に近い。


今回の夢で実際に私がしていることを並べると、

読めないものを受け取る → 音を確認する → 言語を探す → 意味を解読する → 日本語で理解できる形にする

という作業になる。


これは、翻訳する役割そのものに近い。

さらに、日本語を使う人々へ届く形にするところまで含めるなら、その先には、アナウンスする役割も繋がってくる。



3.神司(かんつかさ)という背景

私自身には、先祖から続く神司(かんつかさ)の血筋という背景がある。


神司について、「神の言葉を受け取り、人に伝える人」という役割をイメージする人も多いかもしれない。


しかし、私自身の理解は少し異なる。

私は神司を、「人の祈りを神に届ける人」として捉えている。


つまり、神から人へ一方的に言葉を下ろす存在というより、人と神の間に立ち、両者を繋ぐ存在という理解に近い。


ここまでを並べると、

神司(かんつかさ)は、人と神の間を繋ぐ。(共同体と神の間を繋ぐ)

翻訳する人は、異なる言語・意味世界の間を繋ぐ。

アナウンスする人は、受け取ったものを、人に届く形で伝える。


という共通した構造が見えてくる。


その中心にあるのは、

橋渡し

である。



4.今回の夢で私に与えられた役割

この視点から見ると、今回の夢で私がしていることも、まさに橋渡しである。


分からないものと、分かるものの間。

ギリシャ語と、日本語の間。

原語と、翻訳の間。

私たち家族が受け取ったものと、次へ伝えるものの間。


そして私自身の理解においては、神的・象徴的な世界と、日常の言葉の間。


私は夢の中で、メッセージそのものを作っているわけではない。

分からない形で渡されたものを、まず自分自身と家族が認識し、さらに分かる形へ変える

役割を与えられているように見える。



5.「日本語にして」の意味

女性は、

「私の名前を日本語にして」

と頼んだ。


ここには、少なくとも二つの方向が考えられる。

一つは、その名前の意味を、まず私自身と私たち家族が理解できるところまで解読すること。

もう一つは、日本へ向かう女性の名前を、日本語を使う人々にも理解できる形にすること。

この二つは、別々のことではなく、一つの流れとして繋がっているように思う。


私自身 → 私たち家族 → 共同体 → 日本語を使う人々


というように、受け取ったものが少しずつ外側へ広がっていく。


そのため、

「認識しなさい。知覚しなさい。目覚めなさい――もたらす者たちよ。」

という言葉を、まず、私自身と私たち家族への呼びかけとして受け取り、そのうえで、より広い共同体や日本語を使う人々にも向けられた呼びかけとして考える方が、夢全体の配置に合っている。



 
 
 

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