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本来の自己に還る-4. 条件付けの観察

4. 条件付けの観察

偽りの自己が少しずつ解け始めると、次に見えてくるのは、条件付けだ。

条件付けとは、自分が無意識のうちに身に付けてきた反応のことだ。


何かを言われた瞬間に、胸が縮む。

誰かの表情を見ただけで、不安になる。

頼まれてもいないのに、先回りして相手に合わせる。

少し否定されたように感じただけで、自分の存在まで否定されたように受け取る。

沈黙が怖くて、必要以上に説明してしまう。

本当は違うと思っているのに、波風を立てないために飲み込む。


そうした反応は、ただの性格では無い。

多くの場合、それは、過去の経験の中で覚えた生き方だ。


こうすれば怒られない。

こうすれば嫌われない。

こうすれば見捨てられない。

こうすれば傷つかずに済む。

こうすれば、なんとかその場をやり過ごせる。

その積み重ねが、自分の中に反応の型を作っていく。



そして、その型があまりにも自然になると、人はそれを「私」だと思うようになる。


私はこういう人間だから。

私は昔からこうだから。

私は人に気を遣うタイプだから。

私は我慢してしまうタイプだから。

私は強くないといけないから。

私は愛されるためには、こうしていなければならないから。


けれど、本当にそうなのか。

それは、本来の自分の性質なのか。

それとも、そうしなければ生きられなかった時期に身に付けた反応なのか。



この違いを見ていくことが、条件付けの観察だ。

ここで大切なのは、すぐに変えようとしないことだ。

反応が出たからといって、自分を責めない。

また同じことをしてしまったと、自分を裁かない。

こんな自分では駄目だと、さらに別の理想像を被せない。



まずは、ただ気付く。


今、私は怖がっている。

今、私は相手に合わせようとしている。

今、私は嫌われないように振る舞っている。

今、私は本当の気持ちを隠そうとしている。

今、私は過去と同じ反応をしている。


そのように、自分の内側で何が起きているのかを見る。

見るというのは、冷たく分析することでは無い。

自分を責めるために原因を探すことでも無い。

ただ、今まで自動的に動いていたものに、意識の光を当てることだ。


条件付けは、無意識の中で動いているうちは、ほとんど自分そのもののように感じられる。


けれど、それに気付いた瞬間、そこに、ひと呼吸置くような間が生まれる。


私は怒っている。

私は怯えている。

私は合わせようとしている。

私は認められようとしている。


そう思っていたものが、少しずつ変わってくる。


私の中に、怒りが起きている。

私の中に、怯えが起きている。

私の中に、合わせようとする反応が起きている。

私の中に、認められたいという痛みが出ている。



この違いは、とても大きい。


反応そのものが私なのでは無い。

私の中で、反応が起きている。

そこに気付いた時、初めて、その反応に飲み込まれずにいられる隙間が生まれる。


そのひと呼吸の中で、私は選べるようになっていく。


いつものように黙るのか。

それとも、今の気持ちを少しだけ言葉にするのか。

いつものように相手に合わせるのか。

それとも、自分の本心を確認するのか。

いつものように怖さから正しさを握るのか。

それとも、怖がっている自分をそのまま見ているのか。


条件付けを観察するというのは、無理やり反応を消すことでは無い。

反応が出てくる場所を知ることだ。


なぜ、ここで怖くなるのか。

なぜ、ここで黙ってしまうのか。

なぜ、ここで相手を優先してしまうのか。

なぜ、ここで自分を小さくしてしまうのか。

なぜ、ここで正しくあろうとしてしまうのか。

その奥には、大抵痛みがある。

愛されなかった記憶。

分かってもらえなかった記憶。

怒られた記憶。

置いていかれた感覚。

自分のままでは受け入れられないと感じた経験。


その痛みを見ないために、人は反応を作る。


先回りする。

我慢する。

強がる。

笑って流す。

平気なふりをする。

正しさで固める。

相手を責める。

自分を責める。


けれど、その反応の奥にあるものを見ていくと、そこには、ただ守られたかった自分がいる。


本当は怖かった自分。

本当は悲しかった自分。

本当は分かって欲しかった自分。

本当は愛されたかった自分。

本当は、そのままでいて良かったはずの自分。


条件付けの観察は、その自分を見つけるための入り口でもある。

だから、これは厳しい自己分析では無い。


自分の中に刻まれた反応を、一つずつ解いていく作業だ。


そして、その反応がどこから来ているのかを見つめながら、今の自分が本当に選びたいものを取り戻していくことだ。


条件付けに気付くほど、自分がどれだけ自動的に生きていたのかが見えてくる。


誰かの言葉に反応し、

過去の傷に反応し、

不安に反応し、

拒絶される怖さに反応し、

愛されたいという渇きに反応しながら、

それを自分の意思だと思っていたことに気付く。


その気付きは、時に痛い。


けれど、その痛みは、これまでの自分を切り捨てるためのものでは無い。


本当の自分では無い反応から、少しずつ自由になっていくための痛みだ。

条件付けを観察していくと、やがて分かってくる。


私は、反応そのものでは無い。

私は、恐れそのものでは無い。

私は、過去の傷そのものでは無い。

私は、誰かに合わせるために作られた形そのものでは無い。

それらは私の中に起きていたものだ。

けれど、それが私の全てでは無い。


そのことに気付き始めると、内側に、ほんの少し静かな場所が生まれる。


反応する前に、一瞬止まれる場所。

飲み込まれる前に、自分を見られる場所。

過去ではなく、今の自分に戻ってこられる場所。


その場所が、次の段階へと繋がっていく。


内側の静寂へ。




 
 
 

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